何もしていない一日って、本当に何もしていないのだろうか

生活感のある部屋で、布団の上で眠る猫と、ゲーム機やマグカップが置かれた風景。「何もしなかった一日にも、意味はある?」という文字入り画像

こんにちは、いくともです。

皆さんは、一日の終わりにこんなことを思った経験はありませんか。

「今日、何してたっけ?」

朝起きて、気がついたら夕方。

何か大きなことをした記憶もないし、特別な出来事があったわけでもない。

そして夜になると、何となく一日を無駄にしたような気持ちになる。

でも、何もしていない一日って、本当に何もしていないのでしょうか。

何かをしていないと、いけないのか

世の中には、一日を有効に使うための方法がたくさん紹介されています。

朝早く起きて運動する。

読書をする。

資格の勉強をする。

将来のために何かを積み重ねる。

もちろん、どれも立派なことだと思います。

でも、それを毎日できる人ばかりではありません。

朝から元気な日もあれば、起きるだけで疲れてしまう日もあります。

何かを始めようと思っても、なかなか気持ちが向かないこともあるでしょう。

そういう日まで、何か成果を出さなければいけないのでしょうか。

一日は、思ったより細かいことで埋まっている

例えば、朝起きて顔を洗う。

ご飯を食べる。

着替える。

洗濯物を片づける。

買い物に行く。

誰かから来た連絡に返事をする。

こうして書くと、ごく当たり前のことばかりです。

一つひとつは、たいしたことではないかもしれません。

でも、実際にはそれぞれに時間がかかります。

体調が良くない日なら、普段は簡単にできることが、いつもより大変になる場合もあります。

一日の終わりに「何もしていない」と思っていても、細かく振り返れば、それなりにいろいろなことをしているものです。

ただ、それが目立つ成果として残らないだけなのかもしれません。

休むことにも時間が必要

何もしないで休んでいる時間。

これも、つい無駄な時間だと思ってしまいがちです。

でも、疲れているときに休むことは、決して悪いことではありません。

体の疲れだけでなく、気持ちの疲れというものもあります。

見た目には元気そうでも、本人にしか分からない疲れがあるかもしれません。

だから、誰かが一日家で過ごしていたとしても、それだけで怠けているとは言えないと思います。

もちろん、休んでばかりでは困る場面もあるでしょう。

やらなければいけないことがあるのに、先延ばしにしてしまうことだってあります。

そのあたりは、なかなか難しいところです。

休息なのか、先延ばしなのか。

自分でもよく分からない日があるかもしれません。

人と比べると、きりがない

今はインターネットを開けば、いろいろな人の生活が見えます。

旅行に出かけた人。

おいしいものを食べた人。

仕事で成果を出した人。

新しい趣味を始めた人。

そんな投稿を見ていると、自分だけ何もしていないような気持ちになることがあります。

でも、他人の生活のすべてが画面に映っているわけではありません。

誰だって、見せていない時間があるはずです。

何も起きなかった日もあれば、疲れて寝ていただけの日もあるでしょう。

人の一日の一部分と、自分の一日全部を比べても、あまり意味はないのかもしれません。

何もない日も、日常の一部

このブログでは、特別な成功体験や、誰かの役に立つ知識だけを書こうとは思っていません。

日常生活の中で感じたことや、ふと考えたことも書いていきたいと思っています。

だから、何も起きなかった日の話も、きっと出てくるでしょう。

むしろ、人生の大部分は、そういう何でもない日の積み重ねなのかもしれません。

毎日が映画のように劇的だったら、それはそれで疲れてしまいそうです。

たまには何もない日があってもいい。

何かを達成できなかった日があってもいい。

そして、何もしていないと思っていた一日にも、それなりの時間が流れていた。

そう考えると、少し気が楽になる気がします。

今日という一日

さて、今日はどんな一日だったでしょうか。

何か新しいことを始めた人もいるでしょう。

仕事や学校で忙しかった人もいるでしょう。

家でゆっくり過ごした人もいると思います。

どんな一日だったとしても、それはその人の生活の一部です。

無理に意味を見つけなくてもいいのかもしれません。

何もしていないように見える一日も、ちゃんと一日。

そんなことを考えながら、今日も終わっていきます。

普通じゃない日常を、普通に綴る。

今回は、そんな何でもない日の話でした。

精神科に週5日通いながら、仕事をするのは難しい? 私の生活と働き方

通院予定が月曜日から金曜日まで書かれた手帳と、ノートパソコンや薬が置かれた机。「週5日の通院と、仕事のこと。」という文字入り画像

こんにちは、いくともです。

私は精神科に週5日通っています。

月曜日から金曜日まで、ほぼ毎日です。

最初の記事でも書きましたが、これが今の私にとっての日常になっています。

では、そんな生活をしている人間は、仕事をどうしているのでしょうか。

今回は、通院と仕事について書いてみようと思います。

週5日通院するということ

病院に通うといっても、診察を受ける時間だけを考えればいいわけではありません。

病院まで移動する時間。

受付をして、順番を待つ時間。

診察が終わってから帰るまでの時間。

その日の混雑具合によって、予定が変わることもあります。

週に1回なら、通院日だけ予定を空けるという方法もあるでしょう。

でも、週5日となると話が違います。

平日のほとんどに通院という予定が入っているわけですから、仕事を探すにしても、働き方を考えるにしても、無視できない条件になります。

一般的な平日の日中勤務とは、どうしても時間が重なりやすいんですよね。

働きたい気持ちだけでは決まらない

仕事というのは、働く本人の都合だけで成り立つものではありません。

決められた時間に出勤すること。

任された仕事をこなすこと。

職場の人と予定を合わせること。

そういったことが求められます。

一方で、通院にも時間が必要です。

「今日は仕事があるから病院はやめよう」

そんなふうに簡単に割り切れればいいのかもしれません。

でも、通院を生活の中で大切にしている人にとっては、そう単純な話でもありません。

仕事を優先すれば通院の予定を考え直す必要がある。

通院を優先すれば、選べる仕事や勤務時間が限られることもある。

どちらか一方を選べば、すべて解決するというものではないんです。

仕事をしていない時間も、生活は続いている

仕事をしているかどうかは、その人の生活を説明するときによく使われる基準です。

「今、何の仕事をしているんですか?」

初対面の人との会話でも、よくある質問ですよね。

もちろん、仕事は大切です。

収入にもつながりますし、社会との関わりを持つ機会にもなります。

ただ、仕事をしていない時間が、何もしていない時間というわけではありません。

通院したり、買い物をしたり、食事をしたり。

日々の用事を済ませるだけでも、時間は過ぎていきます。

人によっては、体調を整えること自体が、その日の大切な予定になることもあります。

外から見れば何も起きていないような一日でも、本人にとっては、それなりにやることがある。

そういう生活もあると思うんです。

「普通に働く」という言葉

「普通に働く」

何気なく使われる言葉ですが、これも考えてみると難しいですね。

朝から夕方まで、週5日働くこと。

それが一般的な働き方のひとつであることは確かです。

でも、世の中には短時間勤務もあれば、夜間の仕事もあります。

週に数日だけ働く人もいます。

病気や家庭の事情などで、働き方を調整している人もいるでしょう。

働くことに、ひとつの形しかないわけではありません。

だからといって、自分に合う仕事が簡単に見つかるわけでもないんですけどね。

自分の生活と仕事の条件が、うまくかみ合うかどうか。

実際には、そこが難しいところなのだと思います。

無理に結論を出さなくてもいい

こういう話を書くと、最後には何か前向きな結論が必要な気がします。

「だから私は、こんな働き方を見つけました」

「努力を続けた結果、うまくいきました」

そんな話ができれば、読んでいる人にも分かりやすいでしょう。

でも、人生はいつもきれいにまとまるわけではありません。

考えている途中のこともあります。

状況が変われば、選択肢も変わります。

今は難しいと思っていることが、いつかできるようになるかもしれません。

反対に、できていたことが難しくなる場合もあります。

そのときどきの自分の状態や生活に合わせて、考えていくしかないのかもしれません。

私にとっての生活の形

週5日の通院は、一般的には珍しい生活だと思います。

その生活と仕事をどう両立するかは、簡単に答えの出る話ではありません。

ただ、誰かと同じ生活をしていないからといって、その人の日常がなくなるわけではありません。

自分には自分の予定があり、自分なりの時間の使い方があります。

このブログでは、そうした生活のことも、少しずつ書いていければと思っています。

何かの正解を教えるためではなく、こういう暮らしをしている人もいるのだと知ってもらうために。

普通じゃない日常を、普通に綴る。

今日も、そんな日常のひとつです。

普通じゃない日常を、普通に綴る。そんなブログを始めました

生活感のある部屋の机にノートパソコンや本、マグカップなどが置かれ、「普通じゃない日常を、普通に綴る。」と書かれたアイキャッチ画像

こんにちは、いくともです。

突然ですが、皆さんにとって「普通の生活」って、どんなものでしょうか。

朝起きて、仕事や学校に行って、帰ってきて、ご飯を食べて、お風呂に入って寝る。

休日には買い物に出かけたり、家でのんびりしたり。

そんな毎日を思い浮かべる人も多いかもしれません。

でも、普通って何なんでしょうね。

考えてみると、なかなか難しい言葉です。

自分にとっての普通は、人から見ると普通じゃない

このブログの最初の記事では、私が精神科に週5日通っていることを書きました。

月曜日から金曜日まで、ほぼ毎日です。

これを人に話すと、驚かれることがあります。

そりゃそうですよね。

病院というのは、具合が悪いときに行く場所。

そんなイメージを持っている人にとっては、週5日の通院なんて、なかなか想像しにくいと思います。

でも、私にとっては、それが日常になっています。

特別なイベントでもなければ、毎朝「今日も病院だ!」と気合いを入れるようなものでもありません。

日常生活の中に、通院という予定が組み込まれている。

ただ、それだけのことです。

もちろん、ほかの人にも同じ生活をおすすめしたいわけではありません。

私の生活が、すべての人にとって正しいとも思っていません。

でも、こういう暮らしをしている人間もいる。

それを知ってもらうだけでも、ブログを書く意味はあるのかなと思います。

立派なことを書くつもりはありません

ブログというと、何か役に立つ情報を書かなければいけないような気がします。

おすすめの商品を紹介したり、便利な知識をまとめたり、何かを成功させた体験談を書いたり。

もちろん、そういう記事もいいですよね。

でも、このブログでは、あまり立派なことを書こうとは思っていません。

毎日が充実しているわけでもありません。

何か大きな目標に向かって努力している姿を、皆さんに見せたいわけでもありません。

うまくいかないこともあるし、思いどおりにならないこともあります。

同じような毎日を繰り返しているように感じることだってあります。

そんな日々の中で、ふと思ったことや、経験したことを書いていければ十分です。

「そんなこと、わざわざブログに書く?」

そう思われるような話も出てくるかもしれません。

でも、書いてみなければ、誰が興味を持つかなんて分かりませんからね。

自分の当たり前が、誰かの知らない世界かもしれない

例えば、通院ひとつ取ってもそうです。

病院に行く頻度も、待ち時間の過ごし方も、診察を受けるときの気持ちも、人によって違います。

自分では当たり前だと思っていたことが、誰かに話すと驚かれる。

反対に、ほかの人が当たり前にやっていることを聞いて、「そんな方法があるのか」と思うこともあります。

人の暮らしって、外から見ているだけでは分からないものです。

だからこそ、自分の日常を文章にしてみるのも悪くない。

特別な事件が起きなくても、劇的な結末がなくても、ひとつの生活の記録にはなるはずです。

そして、もしかしたら、同じような経験をしている人が読んでくれるかもしれません。

「こういう人もいるんだな」

そのくらいの感想でも、私は十分だと思っています。

きれいにまとめなくてもいい

人生の経験談には、最後に教訓が付いていることがよくあります。

「あの経験があったから、今の自分がある」

「苦労したけれど、すべてが成長につながった」

そんなふうにまとめられたら、確かに格好いいですよね。

でも、現実には、何の教訓も見つからない出来事だってあります。

ただ疲れただけの日。

予定がうまくいかなかった日。

振り返っても、何が正解だったのか分からないこと。

そういう話を、無理に前向きな結論へ持っていく必要はないと思うんです。

うまくいかなかったなら、うまくいかなかったと書く。

分からないことは、分からないまま書く。

あとから考えが変わったら、そのときにまた書けばいい。

ブログなんだから、それくらい気楽でもいいでしょう。

これから書いていきたいこと

このブログでは、精神科への通院だけでなく、仕事や暮らしのこと、これまで経験してきたことなども書いていくつもりです。

ときには少し重たい話になるかもしれません。

逆に、どうでもいいような話で終わる日もあると思います。

話が脱線することもあるでしょう。

何しろ、日常生活そのものが、きれいに整理された物語ではありませんから。

それでも、ひとつずつ記事を増やしていけば、少しずつ私という人間の輪郭が見えてくるかもしれません。

最初から全部を理解してもらおうとは思っていません。

気になった記事があれば、そこから読んでもらえればうれしいです。

というわけで、これからもぼちぼち書いていきます。

普通じゃない日常を、普通に綴る。

そんな「いくともブログ」を、よろしくお願いします。

なぜ私は精神科に週5日通い、5年間続けているのか

緑の並木道と「週5日、精神科に通う日常。」の文字を配置したアイキャッチ画像

皆さんは、病院にどれくらいの頻度で通っていますか?

月に1回でしょうか。それとも2週間に1回くらいでしょうか。

私の場合は、少し事情が違います。

私は精神科に、週5日通っています。

月曜日から金曜日まで、ほぼ毎日です。

しかも、この生活を約5年間続けています。

こう書くと、「そんなに通う必要があるの?」「毎日何をするの?」と思われるかもしれません。

確かに、一般的な精神科の通院とは少し違うと思います。

今回は、なぜ私がこのような通院を続けているのか、その理由や日常について書いてみたいと思います。

最初から週5日だったわけではありません

私も、最初から毎日通院していたわけではありません。

以前は月に15日程度の通院でした。

それでも一般的には多いほうかもしれませんが、そこから少しずつ通院する日数を増やしていき、現在の週5日という形になりました。

誰かに「毎日来なさい」と命令されたからではありません。

私自身が、通院する日数を増やしていったのです。

なぜ、そんなことをしたのか。

理由の一つは、病院に通うことが私の生活の中で大きな意味を持つようになったからです。

医師に相談できるという安心感

精神的な調子というものは、いつも一定ではありません。

昨日は何ともなかったことが、今日は気になって仕方がない。そんな日もあります。

そんなとき、次の診察日まで長く待つのではなく、比較的早く医師に相談できる環境があることは、私にとって安心につながっています。

もちろん、病院に行けばすべての問題が解決するわけではありません。

医師に相談したからといって、自分の思いどおりの答えが返ってくるとも限りません。

それでも、相談できる場所がある。

そのこと自体に意味を感じています。

病院は、私にとって単に薬をもらうためだけの場所ではなく、日々の生活と深く結びついた場所になっています。

通院が生活の中心になるということ

週5日通院するとなると、当然ながら生活にも影響があります。

平日は病院に行くことが予定に組み込まれます。

何か別の用事があっても、通院との兼ね合いを考えなければなりません。

特に難しいのが、仕事との両立です。

私はこれまで働いた経験もありますし、現在も単発の仕事をすることがあります。

しかし、週5日の通院を続けながら働こうとすると、時間の調整が必要になります。

一般的には「仕事を優先して、病院は必要なときだけ行けばいいのでは」と考える人もいるでしょう。

その意見も理解できます。

ただ、私にとっては通院もまた、生活を維持するための大切な予定なのです。

仕事をすることと、通院を続けること。

どちらも大切だと思っているからこそ、簡単には割り切れない部分があります。

周囲には理解されにくいかもしれません

週5日という通院頻度を聞いて、驚く人は少なくないと思います。

「そんなに行って意味があるの?」

「時間がもったいなくない?」

そんな疑問が浮かぶのも自然なことだと思います。

私自身、自分の通院スタイルが一般的ではないことは分かっています。

ただ、通院の意味は、回数だけで決められるものではないとも思っています。

月に1回の診察で十分だと感じる人もいれば、もっと頻繁に相談することで安心できる人もいるでしょう。

もちろん、私の通い方が誰にでも合っているとは思いません。

精神科への通院頻度は、それぞれの症状や治療方針によって違います。私の経験を、そのまま他の人に勧めるつもりもありません。

これはあくまで、私自身が選んできた生活の話です。

実は、9年間続けたいと思っています

そして、もう一つ。

私には、少し変わった目標があります。

この週5日の通院を、9年間続けたいと思っているのです。

現在は約5年間。

目標まで、まだ数年あります。

なぜ9年間なのか。

そこには私なりの考えがありますが、今回はまず、こういう目標を持っているということだけお伝えしておきます。

通院というものは、本来、何年間続けたら立派だとか、回数が多いほどよいというものではありません。

それは私も理解しています。

今後、体調や生活環境が変われば、通院のあり方も変わるかもしれません。

それでも、今の私には続けたいという気持ちがあります。

私にとっての「普通の日常」

毎朝仕事に向かう人がいます。

学校に通う人がいます。

家事や育児を中心に一日を過ごす人もいます。

そして私は、平日に精神科へ通っています。

誰かにとっては不思議な生活でも、私にとっては、長く続けてきた日常です。

このブログでは、そんな私の生活や、これまで経験してきたこと、日々感じていることを少しずつ書いていきたいと思っています。

読んだ人の中には、共感してくれる人もいれば、「自分には理解できない」と感じる人もいるでしょう。

それでも構いません。

世の中には、自分が知らない暮らし方や考え方がたくさんあると思います。

私の話も、その一つとして読んでもらえたらうれしいです。

普通じゃない日常を、普通に綴る。

そんなブログを、ここから始めてみようと思います。